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東京地方裁判所 昭和59年(合わ)197号 判決 1985年3月19日

主文

被告人相澤一已を懲役三年六月に、被告人髙野弘美を懲役六月に処する。

未決勾留日数中、被告人相澤一已に対しては一八〇日を、被告人髙野弘美に対してはその刑期に満つるまでの分を、それぞれその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人相澤一已(以下、被告人相澤という)は、東京都下の商業高校を中退した後、コック等の職に就いていたが、最近では日雇いの鳶職として稼働し、昭和五九年七月五日以降は鳶の仕事もなく、国電池袋駅周辺で野宿生活を行っていた者、被告人髙野弘美(以下、被告人髙野という)は、新潟県下の高校を中退した後、しばらく農業の手伝いなどをしていたが、昭和四九年以降は上京のうえ各地の飯場を転々とし、昭和五九年七月上旬は被告人相澤同様国電池袋駅周辺で野宿生活を行っていた者であるが、被告人両名は、昭和五九年七月六日ころ東京都豊島区西池袋一丁目八番所在池袋西口公園内で他の労務者風の男らとともに飲酒していて知り合い、被告人髙野は、被告人相澤に金を出してもらって飲酒したりして、同人を兄貴と呼んでいた。

同月七日昼過ぎころから、被告人相澤及び同髙野は相前後して前記池袋西口公園に赴き、同所において他の労務者風の男らとともに、その所持金をカンパし合い、付近の酒屋から酒を買い足すなどしながら飲酒し続けていたところ、同日午後四時すぎころ、酒に酔った二階堂嘉門(以下、二階堂という)が同公園に来合わせ、飲酒している被告人らの付近にあるベンチに腰を掛け、被告人らとともに飲酒していた労務者風の男鈴木某(以下、鈴木という)と話を始めたが、同日午後四時一五分ころ、飲酒していた酒が残り少なくなったことから、酒を買う金を捻出するため、右二階堂を認めた被告人相澤において、二階堂から酒代を出してもらおうと考え、そばで飲酒していた被告人髙野に対し、二階堂から酒代を出してもらおうという趣旨のことを誘いかけ、被告人髙野もこれを了承して、被告人両名してベンチに腰を掛けていた二階堂の前に赴き、被告人相澤において二階堂に対し「酒を買うから金貸してくれ」と話しかけ、これに対し、二階堂が酒に酔った状態で所持していた財布(約四〇〇〇円在中)を取り出し、「これしか持っていない」などと言いながら、右財布を被告人らに示したところ、被告人相澤において右財布内から現金三〇〇〇円(千円札三枚)を素早く抜き取りこれを窃取したが、その直後に二階堂が被告人相澤に対し「金を返してくれ」と言って金銭の返還を求めるや、その取還を防ぐ目的をもって被告人両名意思を相通じ、被告人相澤の右現金抜き取りを傍で目撃していた被告人髙野において二階堂に対し「てめえ、兄貴に何言ってるんだ」などと言いながら、二階堂の顔面を平手で一回殴打し、被告人相澤においても履いていたスニーカーで二階堂の頭部を一回殴り、更に、被告人髙野において二階堂の胸倉を掴んで同人を同公園の隅方向に約四、五メートル引きずって行き、被告人相澤において二階堂の腹部を蹴ろうとして二階堂に足を取られ同人とともに転倒した際同人の顔面を一、二回手拳で殴打し、尚も金の返還を要求する二階堂に対し、被告人相澤において同所にあった空の一升瓶でその頭部を一回殴打するなどの暴行を加え、その際、右暴行により二階堂に対し全治一週間を要する頭部打撲、左右膝、左右肘擦過創の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(補足説明)

一  検察官は、被告人相澤と被告人髙野の間には、被告人相澤が被害者から金員を窃取する際、金員窃取についての暗黙の共謀があり、金員窃取後更に窃取にかかる金員の取還を防ぐため被告人両名が意思を相通じ、被害者に暴行を加え、傷害の結果を惹起しているのであるから被告人髙野も強盗致傷罪の罪責を負う旨、また、仮に金員窃取についての共謀が認められないとしても、被告人髙野は、被告人相澤が被害者から金銭を窃取したことを目撃し、その一部の分配を受けた後、被告人相澤と窃取にかかる金員の取還を防ぐ目的で意思を相通じ、被害者に暴行を加えており、その結果傷害が発生しているのであるから承継的共同正犯として強盗致傷罪の罪責を負う旨主張する。

しかしながら、当裁判所は、判示認定のとおり検察官主張の窃盗の共謀は認められず、この点は、被告人相澤の単独犯行であり、被告人髙野は、単に被告人相澤が被害者の財布から現金を抜き取った事実を目撃しながら、その取還を防ぐ目的で被告人相澤と意思を相通じ、被害者に暴行を加え、その結果傷害が発生した事実が認められるだけであって、被告人髙野には、非身分者の身分犯への加工として強盗致傷罪が成立するものの、刑は傷害の限度にとどまると判断したが、以下にその理由を補足して説明する。

二  被告人髙野の本件窃盗の共謀の有無について

1  被告人相澤が被害者二階堂の財布から現金三〇〇〇円を抜き取り窃取した経過は、判示認定のとおりであり、前掲各証拠によれば、(一)被告人両名と被害者二階堂とは、本件犯行時初対面であったこと、(二)被告人髙野は、被告人相澤が被害者二階堂の財布から現金三〇〇〇円を抜き取った際、傍に居てこれを目撃し、且つ、同被告人からその場で直ちに現金一〇〇〇円を手渡され、これを自己のズボンのポケットにしまったこと、(三)被害者が被告人相澤に対し「金を返してくれ」と言って来たのに対し、被告人髙野は被告人相澤から受け取った金を返すことなく、直ちに被害者に対し、「兄貴に何言ってんだ」と言うなり被害者の肩付近を小突き、顔面を平手で殴打したうえ、被害者の胸倉を掴み、被害者を四、五メートル引きづるという暴行を行っていること、(四)被害者が現場から逃走した後、被告人相澤と被告人髙野は、再度飲酒しているが、窃取にかかる金員で酒を買い足すなどの行為は行っていないこと、などの事実が認められる。これらの事実に被告人両名の捜査段階における検察官の主張に副う如き自白を併せ考えれば、被告人髙野は、被告人相澤の前記窃取行為につき共謀があったものと疑う余地は十分あると言わなければならない。

2  しかしながら、被告人両名の本件犯行直前の飲酒状況などを見ると、前掲各証拠によれば、(一)被告人両名は、判示認定のとおり本件犯行当日昼ころから本件犯行現場である池袋西口公園で飲酒しており、特に被告人相澤はかなり酒に酔った状態であったが、同所は所謂労務者風の男らが昼間から寄り集まって飲酒するような場所でもあり、かかる労務者風の男らが公園等で数名で飲酒するときは、金のある者から酒代をカンパしてもらい飲酒することがあること、(二)被害者自身も労務者風の風体であり、本件当日午後四時ころ飲酒のうえ池袋西口公園に来合わせ、被告人らとともに飲酒していた仲間の一人である鈴木に声をかけ、付近のベンチに腰を掛けて話をしたが、被害者の座っていたベンチのまわりには被告人らの飲み仲間が飲酒していたこと、(三)被告人両名は、被害者が池袋西口公園に来てからすぐ被害者の面前に赴いたわけではなく、被害者の面前に行くまでには、一五分程度の間があったこと、(四)本件当日、被告人らはいくらか自己の金をカンパして飲酒しており、被害者の知り合いであった鈴木も本件当日いくらかの金をカンパしてること、(五)被告人両名が被害者の面前に行った際、被告人相澤は被害者に対し「酒買うから金貸してくれ」と言っていること、(六)少なくとも、被告人両名は、今まで酒代のカンパを求めた際、カンパを断られたことはなかったこと、などの事実が認められる。

右事実に照らし、被告人両名は、本件当日昼頃から判示池袋西口公園で労務者風の男らと飲酒し続け、被告人両名も酒代をカンパし、被害者が話しかけていた鈴木自体ある程度の酒代をカンパするなどして経過するうち、被害者が酒に酔った状態で被告人らの飲酒していた池袋西口公園に来て、被告人らの飲み仲間が集まっているほど近くのベンチに腰をかけ、被告人らの飲み仲間鈴木と話を始めていることから、被告人両名が被害者に対しある種の仲間意識をもったものと見る余地が十分にある。そして、右事実に、被告人両名が被害者の面前に赴いたのは、被害者の来園直後ではなく、程なくして酒が少なくなってからである事実、現に被告人相澤自身被害者に対し「酒を買うから金貸してくれ」という文言を述べている事実、被告人らのカンパの仕方など、被告人両名が被害者の面前に赴き被害者と応答するまでの全体的な推移を見ると、被告人両名は、飲酒した状況の下で、被害者を判示池袋西口公園での飲み仲間の一人として認識し、酒が残り少なくなって専ら被害者から酒代をカンパしてもらうためその面前に赴いたものと合理的に疑う余地がある。

確かに、被告人相澤の検察官に対する供述調書中には、「……私は髙野に二階堂さんの方を指して『あいつから金を取ってやろう』と言い髙野もそれを承知したのです。」「問―君と髙野は二階堂が金をおとなしく出さなければどうするつもりか。答―そこまでは話していませんが多少強く金を出せと言う考えでしたし髙野も同じと思います。」との記載があり、また、被告人髙野の検察官調書中には、「相澤が……私に『あとから来たあの男から金を取って酒代にしよう。』と言い出し私も金が少なくなっていたのでそうしようと思いうなづいて承知しました。」「金を取るというのは金を出させたりおとなしく出さなければ強いことを言って出させたり持ってる金を盗んだりということを意味しています。私と相澤の間では具体的にどうしようと決めていませんでしたが、私は相澤に従って相澤がやることを一緒にやる考えだったのです。」との記載があり、これらの供述内容からすると、被告人両名は、被害者の面前に赴く以前、既に被害者の意思に反しても金員の移転を受けようという窃盗の共謀が成立しており、被告人相澤が被害者の財布から現金を抜き取り窃取した行為は、右共謀に基づくものであると評価する余地がある。しかし、右供述内容は、窃盗の事前共謀の自白としては極めて曖昧で漠然としており、被告人相澤が被害者の財布から現金を抜き取り窃取するまでの前記事態の推移に照らしてやや唐突に過ぎ、直ちに措信するには躊躇を感じざるを得ない。

3  そうすると、被告人相澤が被害者の財布から現金を抜き取り窃取した以後の被告人両名の言動を中心にしてみると、前記1で指摘したとおり、被告人相澤の現金抜き取り行為は、被告人両名の事前又は現場共謀に基づくものと評価できる余地があるが、他方被告人相澤の現金抜き取り行為に至るまでの推移を中心にしてみると、前記2で指摘したとおり被告人両名は、被害者から専ら酒代をカンパしてもらうためにその面前に赴いたものであって、被告人相澤の現金抜き取り行為は、事態の推移の中で酒勢にかられ瞬間的且つ偶発的に敢行されたものと見る余地があり、被告人髙野が被害者からカンパを受ける方法として、果して被告人相澤の右現金抜き取り行為までも予測し、これを容認していたものとするには、前記1指摘の事情を考慮に入れても、尚合理的疑問が残るとしなければならない。従って、検察官主張の被告人両名の金員窃取の共謀については、証明不十分であるとして被告人相澤の現金抜き取り行為は、同被告人の単独犯行であり、被告人髙野には共謀による責任はないものと言わざるを得ない。

三  被告人髙野の本件刑責の範囲について

被告人相澤が被害者の財布から現金三〇〇〇円を抜き取り窃取した以後の経過は、判示認定のとおりであり、被害者が金員を窃取した被告人相澤に対し、その返還を求めるや、被告人髙野において右現金の移転が被害者の意思に反していることを目撃しながら、直ちに前認定のとおりの暴行に出ており、被告人相澤もこれに呼応して被害者に暴行を加えているのであるから、被告人両名は、被害者から金員の返還を要求された段階でその取還を防ぐ目的をもって被害者に暴行を加えることにつき意思を相通し、暗黙のうちに共謀したと認めるに十分である。

従って、被告人髙野は、被告人相澤が事後強盗罪の構成要件の一部である窃盗を終了してから、被告人相澤の行った窃盗の結果を十分認識して、窃盗にかかる金銭(飲み代)の取還を防ぐべく、被告人相澤と意思相通じて被害者に暴行を加え、その結果傷害が生じているので、承継的共同正犯として強盗致傷の罪責を負うとの考え方もあり得ようが、事後強盗罪は、窃盗という身分を有する者が主体となる身分犯の一種であって、被告人髙野はその身分がないのであるから、本件では承継的共同正犯の問題ではなく、共犯と身分の問題として把握すべきであり、この解決が本件事案の実態に即しているものと考える。それ故、身分のない被告人髙野には、刑法六五条一項により強盗致傷罪の共同正犯となるものと解するが、その刑は、同法六五条二項によって傷害の限度にとどまると判断するのが相当である。

(法令の適用)

被告人相澤一已の判示所為は刑法六〇条、二四〇条前段(二三八条)に、被告人髙野弘美の判示所為は同法六五条一項、六〇条、二四〇条前段(二三八条)にそれぞれ該当するが、被告人髙野弘美には窃盗の身分がないので同法六五条二項により同法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号の傷害罪の限度で刑を科すこととし、所定刑中被告人相澤一已については有期懲役刑を、被告人髙野弘美については懲役刑をそれぞれ選択し、被告人相澤一已については犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三項を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で、被告人髙野弘美についてはその所定刑期の範囲内で、被告人相澤一已を懲役三年六月に、被告人髙野弘美を懲役六月に処し、同法二一条をそれぞれ適用して各未決勾留日数中被告人相澤一已については一八〇日を、被告人髙野弘美についてはその刑期に満つるまでの分をそれぞれの刑に算入することとし、訴訟費用については、それぞれ刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人両名に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

被告人相澤の弁護人は、被告人相澤は本件当時飲酒酩酊の為心神耗弱の状況にあったと主張するので検討するに、前掲各証拠及び証人相澤已代吉の供述によれば、被告人は、過去にアルコール依存症の治療等のため病院に入院したことがあり、本件犯行の前日も飲酒し、本件犯行当日も昼過ぎまで寝た後、再び飲酒を始めて本件犯行に及んだものであって、本件犯行当時かなり酩酊していたことが窺われるが、被告人相澤は、酒が少なくなり酒代もないことから判示認定の経過で被害者の財布から現金を抜き取りこれを窃取し、その返還を要求されるや暴行に及んでいるのであって、その行動は動機を含めすべて了解可能であり、外界の状況に応じて適確に行動していること、本件犯行状況につきほぼ想起して供述し、目撃者等の供述とほぼ合致していること、終末睡眠等異常な酩酊を窺わせる事情も存在しないことに照らし、本件犯行当時被告人相澤の責任能力には、何ら欠けるところがなかったと認められるのであって、弁護人の主張は採用しない。

(量刑理由)

一  被告人相澤一已について

本件は判示認定のとおりであるが、被告人相澤は、自ら被害者から金員を窃取し、被告人髙野と共謀の後は、二人がかりで被害者の顔面を殴打したり、スニーカーで頭部を殴打したり、最後は一升瓶で被害者の頭部を一撃しているのであって、その犯行態様は執拗にして悪質であり、特に一升瓶での一撃は、打ち所によっては生命に対する危険も生じかねない行為であるうえ、かかる行為を被告人相澤が自ら行っている点や、傷害の程度も全治一週間を要する頭部打撲等と必ずしも軽微ではないこと、本件では被害者には何らの落度もないことを考慮すると、その刑責は重大であると言わざるを得ない。しかしながら、本件の被告人の一連の行動は、酒に酔ったうえでの偶発的な犯行と言うことができ、被害金額も三〇〇〇円とさ程多額でもないことや、被害者との間には示談が成立していること、当公判廷でも反省の態度を示していることを考慮し、酌量減軽のうえ主文のとおり量刑した次第である。

二  被告人髙野弘美について

被告人髙野は、判示のとおり本件については窃取行為に加担しておらず、後の傷害の限度で罪責を負うにすぎないうえ、右傷害の結果は被告人相澤の行為によるものであることなど有利な事情も見られるが、被告人髙野は、被告人相澤の窃取行為の一部始終を目撃していたのみならず、同人から窃取金の一部の交付を受けたうえで、被告人相澤が被害者から窃取金の返還を求められるや、被告人相澤と共謀のうえ、何らの躊躇もなく率先して暴行に及んでおり、その後の暴行は判示のとおり執拗且つ悪質であって、右一連の暴行の経過で被害者が傷害を負っていること、被告人髙野の暴行も、被害者の窃取金返還要求を断念させることに影響を与えたことは否定できないこと、しかも本件が前刑の執行猶予期間満了後一年しか経過していない段階で敢行されており、法規範軽視の態度が窺われることなどを考慮すると、被告人髙野にも実刑をもって臨むのが相当と思料した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田崎文夫 裁判官 榎本巧 宮﨑英一)

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